Surrender Point

Patau-Patau 1 Water Village
December 11, 2018
Smart Ryders ATV
December 11, 2018

Surrender Point

Surrender Point

by: Kyoko Nomoto
You can read the original post HERE


ラブアン島】日本軍降伏地点「サレンダー・ポイント」と「ラブアン平和公園」(ピースパーク)

ラブアン島には歴史上重要なポイントが残っている。サレンダー・ポイントと呼ばれる日本軍の降伏地点および隣にある日本政府によって作られた平和記念公園だ。ラブアン観光局の勧めで訪れた。(マレーシアマガジン=野本響子)

日本軍降伏地点(サレンダー・ポイント)

日本軍降伏地点は、第二次世界大戦で日本軍が公式に降伏した場所。ラブアン島の北西の海岸沿い、ラヤン・ラヤンガンに近い位置にある。

「サレンダー・ポイント」と呼ばれるこの場所は、1945年、実際に日本軍がオーストラリア軍に降伏した地点そばに建てられた石碑。現地のガイドによれば、降伏したのはちょうど向かい側の海岸だったそうだ。

海岸には現在何もなく、静かに波が寄せているだけだ。このサレンダー・ポイントの石碑はオーストラリアが作ったもので、奥に進むと実際の降伏文書へのサインの写真なども展示されている。

調印式は連合軍が上陸した後、1945年9月8日にオーストラリア軍第九師団司令官の主宰と立会いの元に行われた。日本軍は37軍司令官、馬場正郎中将が降伏文書にサインした。なお、1945年までの2年はこの場所はオーストラリア軍の司令部と英領ボルネオの連合軍指令センターになっていた。また、ここには戦争中の残虐行為を取り調べるための収容所にもなったという。

アジア太平洋戦争の時の激戦地となったラブアン島は、マレーシアでは最後まで日本軍が残って戦った場所でもあった。この「サレンダー・ポイントは平和記念公園と隣り合っているので、合わせて行くと良い。なお、周囲には何もなく、暑いので帽子や日よけを持っていくと良い。

ラブアン平和公園(ピースパーク)

日本軍降伏地点の隣にあるのが「平和記念公園」。日本政府が第二次世界大戦で亡くなった戦士および市民のために作った公園だ。よく整備されている。地元ではピースパークと呼ばれている。入り口を入ると半円をかたどった大きな戦没者のための石碑がある。この形は登る太陽を表しているものだそうだ。石碑には、「さきの大戦においてボルネオ地域およびその周辺海域で戦没した人々をしのび平和への思いを込めてこの碑を建立する」とある。

地元の観光ガイドによれば、ラブアン島では必見の観光地の一つ。歴史を知らないと見方がわからないので、事前に博物館も訪ねておくのが良い。

〒87000 連邦領ラブアン
87000 Labuan, Wilayah Persekutuan Labuan

Comments are closed.